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2013年8月

2013年8月23日 (金)

個展の準備 最終版

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ついに明日搬入となった。
雨が降らなければいいけれど、と額縁屋さんに心配げにぼやくと、
「Mさんには降らないよ」と気持いい答えが返ってきて安心させてくれた。

土曜日は銀座通りは12時から歩行者天国になり、車の駐車も出来なくなる。無駄な動きは避けたくて、それまでに何とか搬入をしてもらおうと念を押したり、ギャラリー側にも時間の調整をお願いして、1日前に、ほぼ安心できる状態になった。
飾り付けにご協力いただく師匠のO矢さんとも時間の調整が出来て万全の準備が出来上がっている。

猛暑、酷暑つづきで、今は雷が鳴っていて、雨が降り出してきた。今日のうちに雨が降り
明日の昼ごろにはきっと晴れることを願ったり。

5年前の個展以降、石ころと出会っていろいろ試してきた作品、 《AFTER 70》  26点。
暑い中観に来て下さる方々の目にどう映るだろうか。

とにかく楽しく取り組んできた銅版画。銀座でお披露目できるなんて、夢のよう。

毎日ギャラリーには在廊しているつもり。なんとか体調をととのえて、友人、知人の来廊を迎えよう。

日替わりブラウス心がけて!

2013年8月22日 (木)

すべりひゆ

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この雑草を食べて育った経験のある人はどの位いるだろうか。

いままで友達とすべりひゆの事を話したことはない。子供たちに語ったこともない。
夫に聞いてみたら、すべりひゆなんて知らないというだけ。

私はこの雑草が妙に気になって、コンテナーの縁にこの小さな植物見つけると、なつかしくなって、抜かずに成長を見てみたくて放っておいたりしている。真夏になると小さな黄色の花が咲く。

子供の頃食した雑草の中で、比較的好きだったのがスベリヒユ。
松葉ボタンに似ていて、ころっとして、厚ぼったい葉っぱの若芽をつんで、油いためにして食べた。8月になると道端の隅に這いつくばるように生えていて、適当に踏み荒らされても丈夫な草なのだ。学校帰り、その芽を摘んで、母に持ち帰った記憶もある。

今は道路はほとんど舗装されて、道端に雑草を見ることもない町。ときどき売れ残った宅地の隅に見かけたりするけれど美味しそうな感じはしない。

2013年8月15日 (木)

終戦の日 1945年8月15日

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その時私は国民学校の2年生だった。
食糧難で痩せていて背も小さい女の子だったけれど、5人兄妹の真中で長女だった。2歳下の妹とさらに2歳下の妹がいて、疎開先の山梨県大月町で主婦同然の生活をしていた。
兄達は学童疎開で長野へ行き、父の仕事場(飛行機製造の会社)の大月の社宅で5歳の妹の面倒を見ながら留守番をしていた。母は東京の家の整理に末っ子の妹を背中におぶって往復していた。その間、私は5歳の妹と父の3人で暮らしていたことになる。
食事の支度を薪で炊いていたことは覚えている。
まだ家庭菜園などしていなかったから、妹と山に雑草を取りに行き、山藤の芽、あかざ、すべりひゆ、かんぞうなど食べられる雑草を摘んでおかずを作った。
3月末に疎開して、1か月ぐらい学校には行っていなかったのかもしれない。
社宅の台所の窓からは富士山がよく見え、いつもシルエットがきれいだった。

8月15日は学童疎開から引き取った兄たち、5年、3年、と私2年生の国民学校生だった。

ラジオが自宅にはないので、近所のラジオのある家に親たちは集まって、天皇陛下の玉音放送を聞きに行っていた。私は何となく静かになった家の前の道で妹たちと無邪気に遊んでいた。まだ7才の子供で良かった気がする。

むしろ3年生になって、焼残った東京の家に戻ってからの食糧難の生活の方が大変だった。

私の孫も小学校の2年生になった。両親が共働きでフルタイムで働いているから、
放課後は学童保育やキッズキャンプや四谷大塚など、あちこちにあづけられて、親が迎えに来るまでの時間を過ごしている。それなりに頑張っている。
子供は苦にしていないのかもしれない。

今日は母親が出勤でいないからお盆休みで休暇を取っている父親といっしょに遊びに来てくれた。おもいっきり、父親にまつわりついて、甘えている。

68年前の自分と同じ年齢にはどうしても思えない。あんなに親に甘えたことはなかった。
何しろ主婦のような生活をしていたのだから。

2013年8月 8日 (木)

個展の準備 その7 レイアウト

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ギャラリーの平面図を眺めながら作品のレイアウトを考える。
分かり易いように作品の写真を撮り、カードのように切り抜いて、壁の長さに合わせて
貼って行く。
飾り付け当日、短時間で納められるよう、この作業はやっておきたい。
1回目の個展の時も、この作業はしておいた。

ある作家はギャラリーの立体模型を作製して、ボリュームチェックをしている。
個展はレイアウトも作品のうちなのだそう。
個展を観に行ってそう感じることが確かにあった。私はそこまではいけないけれど、
ある意味銀座の個展は緊張する。

額縁を納めてくれる小林額縁さんは額縁の展覧会でもあるのだよ、
ぼくらもそのつもりで制作していると話してくれた。

今回かなり早めに取り組んだので、作品の増減にも役に立った。

青の色が多い。この5年青と取り組んできたのが分かる。

これだけ準備して、当日娘のMに応援を頼んである。梱包をほどいたり、並べて貰ったり。
師匠のO矢さんも最後のチェックに駆けつけてくれるという。心配で仕方がないのかも。

2013年8月 1日 (木)

個展の準備 その6 作品リストの作成

作品リストをまとめなくては。
25点ほどリストアップしたが、2点だけタイトルが決まっていない。英語で短い単語にするつもりなのが、中々いい名前が浮かばない。本当に名づけは大変。なんとか決めて、リストを完成させ、ギャラリーにファイル添付してメールする。キャプションはギャラリーで作っておいてくれる。

個展が始まる前まで、ギャラリーは8/5から夏休み中なので、今週までに不安材料は解決しておきたかった。搬入時の銀座通りが歩行者天国になり、6時まで車が入れない。何とか午前中に搬入し、午後から飾り付けという異例の方法を了解して貰えて、一安心。

後は最後の一枚を額縁屋さんに届けなければ。
実はもう一枚追加できそうな作品ができた。

秋の公募展用にとにかく作成しておきたかった。工房があと5回しか使えない。
暑さも忘れて、MY工房で版を腐蝕して、夏休みバージョンの工房が7/30にやっとオープンして、試し刷りをしてみた。
時間をかけて、段階的に腐蝕したものが、思ったより面白い効果がでて、公募展用として
完成させてみようと思っていた。
これは個展には出しませんよ。と指導者には言っておいた。

後で考えたら、もし公募展に入選しなければ、残念ながら日の目をみるチャンスがない。

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A.オリエンタルブルー                       B.ターコイズブルー

どちらがいい?と周りの人に聞いてみると、KさんはAがいい。TさんはB。
意見が分かれた。
あと2回工房が開くので、もう少し他の色も試してみて、
やはり個展に間に合わせなければ。

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