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2013年2月

2013年2月19日 (火)

雁皮刷を試みる

新作に中々向かえないから、今日は雁皮刷りをやってみようと、用意して工房に行くことにした。以前作った木の枝の版がいまいち完成品が出来ていなくて、ほったらかしにしていた。
これは雁皮刷りがよく合うと思った。

雁皮紙は以前師匠にもらったものがある。銅板の大きさにぴったり切って持って行く。
やはり久しぶりに雁皮紙を扱うから、復習しなければと思いながら、工房に到着。

今日は雁皮刷りしますと大きい声で伝えたら、版にインクを詰めている間に、師匠はすっかり用意をしてくれて、いつでもいいよと伝えてくれる。水を張ったパット、うすく薄めたヤマト糊、刷毛と作業台に載っている。

銅版画を見たことがある人は、うっすらと淡く、薄い紙が絵の部分に張られて、その上に絵が刷られ、まことに高雅で美しく、緊密な肌と空間を創っているのを見たことがあると思うが。そこに雁皮紙が使われているのである。雁皮紙は半透明の薄い和紙で昔は版下などに使われたものであり、そんなに高価ではないが大変に美しい効果を出す。
(深沢幸雄 銅版画のテクニックから)

黒のインクを詰め丁寧に拭き終わったら、いよいよ雁皮紙の大きさを調整する。水に湿らすとこの紙は若干伸びるので版の大きさよりやや小さめに切っておく。
その日は居残っていたK先生がご親切に丁寧に手ほどきして下さりどんぴしゃりのサイズに切れた。

水の張ったパットに版をいれ雁皮紙をそっと浮かして、ぴったり合わす。水をきれいなウェスで拭き取り、その上に大和糊を刷毛で丁寧に上下、斜めとまんべんなく塗り、余計な水分は拭き取っておく。何でもすばやく丁寧にが基本。
師匠が見本を見せてくれて、手さばきの良さを確認したら、2枚目は一人でやってみる。
あとはいつもの刷りと同じ、湿らせてきた紙(いずみ)を版に乗せプレス機を回す。

きれいに刷れた。 ばっちり。
どこかに出すの?  師匠が聞くから、
すみの会にというと、いいね!ばっちり。  良かった!

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2013年2月15日 (金)

個展がやってきた

確かに2度目の個展をしてもいいかなと考えていた。昨年の秋のつもりで。
残念ながら足腰の痛みで自信がなかったので、今年は大丈夫と内心考えていたのは事実。
ただ個展をするには搬出入で人の助けが必要なのだ。その目当てがつかない。
家族の協力はまず無理。夫は高齢だし、子供たちは働き盛り、本業が多忙。母親の道楽などには付き合っては居られないだろうし。

5年前初めて個展をした。自由が丘のもみの木ギャラリーで。
工房の仲間や友人たちがかなり見に来てくれて嬉しかった。ただ自由が丘という場所が東京でも端っこの町だから、遠くて行かれなかったという友人もいて、今度はどうしようと思っていた。同じ場所でもいいと私は考えていたけれど、ほかの場所は分からない。

チャンスは突然やってきた。銀座のギャラリー巡りをしたときに何気にのぞいたギャラリーで
お馴染みの作家の作品も数点あってゆっくり見ていると、
ひとりの女性が親しげに話しかけてきた。
山中現さんのはよく売れるそうですね。私は他の画廊主から聞いたことを言ってみた。
お知り合いですか?
いや作家の名を知っているだけです。中林忠良とか野田哲也、星野美智子、八坂圭とかみんな作品は知っている。そのギャラリーの15周年記念展だった。
親しげに話しかけてきたのはそのギャラリーのオーナーだった。
このギャラリーに来たのは3回目。はじめてオーナーさんと話をしているとずっと前からのお知り合いのようにごく普通の空気感。いい感じ。

私が何者か聞きもしないのに、このギャラリーで個展をしませんか、ちょうど8月の末なら空きがありますという。

搬出入のことを心配しているというと、今はみんな宅急便を使っているといい、受け渡しは画廊でしてくれるという。当日のセッティングも画廊がするし、DMも作るといい、心配事がみな消えた。貸画廊の本来の姿を見る。

最近気が付いたこと。ギャラリーは絵を観に行くところではなく、買いに行く場所。見るのは美術館ということらしい。8月は暑くて人出が少なく、個展にはベストの時期ではないけれど、銀座で個展のチャンスがやってきた。やってみようか。

サブタイトルは『石ころとおしゃべり』

20点ぐらいは並べられる。AFTER 70の作品が。

銀座で個展という現実が目の前にある。やってみようかとその気になった。

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2013年2月 6日 (水)

父の誕生日に思い出すこと

この間、家の近くでジャックラッセルテリアのかわいいわんこと散歩している人と出会った。
犬の名はゴジラだって。すぐ覚えられる。ユキと散歩していた時よく公園で見かけた人だったので、なつかしくて声をかけてみた。

お名前はと伺うと各務(かがみ)ですという。珍しい名前なので、そういえば各務クリスタルというガラス工場が蒲田にあって、小学生の時、自由研究で、蒲田のガラス工場見学に父に連れられて行ったことがあった。そんな話をすると、まさにその各務クリスタルのご親戚だそうで。

父は私が子供だった頃、よくいろいろなところへ連れて行ってくれた。蒲田のガラス工場で赤いガラスの色は金を使用するのだということを教わったのは忘れていない。
各務クリスタルの創設者は各務鉱三いう人で、どうやら父とは若い頃専門分野で接点があった人のようだ。

各務鉱三 ガラス工芸家。東京高等工業学校専科卒業後満鉄窯業試験所に勤務。その後ドイツに留学。1934年各務クリスタル製作所を設立ガラス工芸の発展に尽力(1896^1985)

中学に入って文化勲章を受賞した人を調べてくるようにと宿題が出たとき、築地本願寺や震災記念堂に連れて行ってくれた。この建築は伊藤忠太の設計である。伊藤忠太は1943年に文化勲章を受賞している。中学3年の時だったかな。宿題出した先生はびっくり、困っていたような記憶がある。その年1949年文化勲章を受賞したのは志賀直哉や谷崎潤一郎でどうやらその人達のことを調べて欲しかったのだろう。国語の時間だったから。
建築に芽生えたのはそういう父の教育がいつの間にか身に着いたのだと思う。

このまえ亡くなった中村勘三郎の葬儀が築地本願寺で営まれたのをTVで見たとき、思い出したのだ。父の本棚にあった伊藤忠太の本が目に浮かぶ。
その後伊藤忠太について知りたくて、『建築巨人伊藤忠太(読売新聞社編)』を買って少し研究してみたことがある。最近東京人という雑誌でも特集を組んでいたから、まだまだ魅力的な建築家、今度は明治神宮にも行って改めて見て来ようと思ったりする。

こんなわけで、2月6日は父の誕生日。1890年生まれだから生きていれば、123才。

ジャックラッセルテリアのゴジラのおかげでこんなに父のことを思い出している。
大雪が降るといって朝から大騒ぎだったのに、結局家の周りは雨が少し降っただけ。

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             1922年3月22日 ポントオワーズにて 巴里から1時間旅で行かれる

父の遺品 板に描いてある 小さな油絵 裏面には説明がきちんと残っている。

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