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2011年5月

2011年5月29日 (日)

Gift from the sea

Gift_from_the_sea_3 八雲展に今回出品された中で、小さなケースの中に深海で泳いでいるように、

絶妙の照明効果で、流木で作ったさかなのオブジェがありました。

ときどきこの手の作品を出品してくる、先輩の鎌田豊成さん。今年もやはりさかなでした。

材料は海岸に押し寄せてくる古材。その何ともいえない味のある木切れに命をいれるの

が実にうまいのです。

それもそのはず、現役時代は筋金入りのデザイナーでしたから、退職後のご道楽も実に

すてきです。海岸で格好のいい石もひろって、いしぶみの逸話を教えてくれたのも彼です。

私が石ころやレースの布切れを集めて版画の素にしているように、海岸や路傍のごみの

中から集めた木切れで、アートの世界に高めていく、クリエイトな姿勢は、

何だか同じです。

その作品に釘付けになって、これゲットしてと2匹のさかなをご指名したのがわが娘。

この場だから良く見えても、家に連れていったら、ただの木切れでしかない。思い込みが

必要かもしれないのに。それでもいいのかな。Photo_3

旅するたびに、いしころや鳥の羽をひろってきてくれる娘の気持ちに応えるように、

それらはいつか私の版画の中で、息を吹き返し、主人公になって登場してきます。

わたしのデザインソースに協力してくれているのです。

だから、鎌田さんのGift from the sea をGIFTすることに致しました。

高価なGIFTとなりましたけれど。Gift_from_the_sea2_3

2011年5月28日 (土)

銅版画ってなに?

Photo_3 展覧会にこんなこどもの貼り絵みたいなものを出すと、かならず、これどうやって作るの?という質問攻めに遭います。 銅版画ってみな線描きのエッチングをイメージしていて、これもエッチングなんだ。と、なかばお手上げ状態になるようです。

これ銅版画?写真かと思った。とも言われました。

未だに、絵は手で描くものだと思っている人が沢山いて、版画工房でも、君は絵が描けないんだねという人もいるから、まして展覧会を観に来る人たちの中に、そんな考えを持っている人がいるのは当然でしょうね。

たまたま手元にあった本、「ルノワールは無邪気に微笑む」千住博 朝日文庫を開いてみたら、こんな事が書いてありました。

「芸術とは何かというと、わかりやすくいえば「おれの叫びきいてくれ」ということ。つまり叫び方にうまいもへたもなく、肝心なのは相手に「叫び」を伝えたいという心の存在なのです。」

エアガンの勢いで絵の具を噴霧し、流れ落ちる絵の具の足跡で滝を描ききった彼の作品をみたとき、いいヒントを得たと思いました。筆で描くよりもっとリアルな水の流れがそこには出来ていました。

蔡国強という画家は火薬を燃やして、そのこげ具合でアート作品に仕上げていくのをTV(たけしアート☆ビート)でみました。

描かなくてもアートというジャンルがあるのを知って、私も挑戦しているわけではなく、

千住博が言うように、相手に叫びを伝えたいという の存在 なのでしょう。

どうやって作るか説明しても、分かってくれる人は多分ほとんどいませんもの。銅版画を作っている人さえ、説明しても???という顔をしています。

このRhapsody はいままで私が石やカケラを使ってラッカースプレー手法をしてきた、ほぼ完成品になった、記念すべき作品になったと思います。慎重に、繰り返し腐蝕を繰り返し、ほぼ、思ったとうり、仕上がった(技術的に)ものとなったわけです。これからはこの繰り返し、構成やストーリーを付け加えて、変化していきます。

八雲展の出品者の若いモダンアートの旗手さんに、これが一番好きと言われたのが、嬉しかったです。分ってくれてありがとうとおもわず握手。

2011年5月23日 (月)

八雲展からスタート

私にとって、今年の展覧会の始めの一歩が八雲展です。品川区のO美術館のお知らせには八雲展の紹介はこんなに風に書かれています。

『旧府立高校、東京都立大学、同付属高校の美術部のOB会展です。大学は首都大学東京、付属高校は桜修館中等教育学校となりましたが益々意気軒昂です』

私は付属高校のOG。現役の仕事を引いてから出品するようになって、10年位になりました。

銅版画の初歩から3点づつ大胆にも出品していて、OB&OGの方々と参加する側にたってお話しあいできる楽しい時間を送ってきました。とくに付高のお仲間はほとんど美大を出ていて、その実力振りは老いてますます盛んです。

高校の頃は私だって芸大を目指した事もあって、夏休みにはデッサンやデザインの受験勉強で研究所に通った事もありました。先輩方の威力に負けて、すぐ挫折し、方向転換したというわけ。ただ美研(美術研究班の略)のOGに変わりなくお仲間に入って、今となっては小さい銅版画を大きい顔して出品、参加しています。

今度の作品は3点。昨年作成したMisty Moonシリーズと石ころシリーズの出来立てのほやほや、Rhapsody。

2011

       八雲展@品川区O美術館5/20~26 17時終了

案内状は沢山出しませんが、仲良し友人が観に来てくれて、彼女のブログ、ばぁばは語る

で熱く紹介記事を書いてくれました。いつも実力以上にほめ言葉で持ち上げてくれるので、穴があったら入りたく(はみ出してしまうけれど)なってしまうほどです。

また、今日は品川区の広報をみて見に来たという男の人から、こんなメモ(レースの新しい画法、これからもレース地画法を発表される事を望みます。がんばってください)までいただいて,日の目にさらす事の意味を改めて実感しました。

Misty_moon2

                                      Misty moon Ⅱ

2011年5月19日 (木)

続・青は遠い色

石シリーズも佳境に入ってきたみたい。

石があったところに戻そうと。何度も重ねて、腐蝕してみました。時間差で色の濃淡が出る現象をうまく取り入れて、沈んだ石。その上に重なる石。何度も何度も腐蝕を繰り返すのです。

いしっころ いしっころ

あめにうたれて いしっころ

いつもとちがうあおいいろ  谷川俊太郎 「いしっころ」より

A_2

このごろ分ってきたのですが、銅版画って手を抜いたり、気を抜いたりすると、結果はついてこないということ。でも大事な事は、あそびごころを忘れないこと。

まじめすぎると、絵をみても楽しくないでしょ。

石のかわらに何かを浮かべてみよう。

そばにあった石のブロックを1個、版に吹きつけ1時間半、腐蝕液にいれておきます。

石が消え、白い四角が現れました。レースの切れ端をいれ、微妙に時間をみながら、レースが浮いてくるのを待ちました。あせっても、無視しても駄目。その頃合いが分るようになりました。

B_2 いつもと違う青い石が、見えるでしょうか。思い出が詰まった一枚のタイル。

風が吹いて松脂の粉末が動きました。晴れ間が見えたように。何だか瞬間芸を楽しむように版画作りを楽しんでいます。

これはうまく出来たから、6月に銀座で開催の「すみの会」に出品できますね。

2011年5月11日 (水)

青は遠い色

版画工房がオープンしたので早速刷ってみました。とりあえず腐蝕の度合いを知るために。インクはたっぷりあるシャルボネのオリエンタルブルーにharuzoのコバルトを混色してみました。時間をかけて腐蝕した効果がうまくいったようです。

Photo_2

次の課題は色の決定です。もう少し変化をつけてみたいから。

しばらく青に挑戦です。

詩:谷川俊太郎  画:堀本恵美子の詩画集『青は遠い色』

という素晴らしい本を見つけました。始めのページにこんな詩がありました。

どんなに深く憧れ、どんなに深く求めても

青を手にすることはできない。

すくえば海は淡く濁った塩水に変り

近づけば空はどこまでも透き通る。

人魂もまた青く燃え上がるのではなかったか。

青は遠い色。

2011年5月 8日 (日)

《ぼくはこうやって詩を書いてきた》谷川俊太郎

谷 川俊太郎の1942~2009までの詩作を友人の編集者山田馨と語り合いながら、人生を振り返っていくのを、一冊の本に仕上げていったものなのですが、久しぶりに、素直に興味を膨らましながら、読み進めています。(ナナログ社2010年発行)

谷川俊太郎の存在は、興味本位に佐野洋子の2番目の結婚相手だったということで、いつ頃からいつ頃まで一緒だったのだろうかと、彼女のエッセイや小説にモデルっぽく存在していたのを、明らかにしたいという、野次馬的好奇心から、近づいていったのが、本音です。

谷川俊太郎1931生まれですから、私とほぼ共通した年月、社会現象を生きているわけなので、時代背景がまず分りやすい。こどもの絵本では当時の1流デザイナーとの共著がいくつもあり、捨てずに取ってあったものを新鮮な眼で見たりしてます。

Photo_2

             かがくのとも(まるをかいてみよう)え:粟津 潔 1971

佐野洋子の本を読んだのは『役立たない日々』が最初でした。同い年の友人から、凄く面白いから是非読んで!とすすめられたからです。たまたま佐野洋子とは、ほぼ同い年。それからいくつか読むうちに、谷川俊太郎がでてきて、共著もあるのが分ったりして。

『はだか』とか『女に』とか、詩が谷川、絵が佐野の詩集を手に入れて、読んだり、観たり、楽しかった。この頃のふたりのいい時代が伝わってくる詩集だったから。

どんなに佐野洋子の影響を受け、詩作も変わったのかと、素直に回想している時期もあったりして、こんなに素直にわが身を振り返ることは、普通はないのに、対談相手との相性とか性格が良かったのか、読み易く、いい本になっているというのが偽らざる印象です。730ページもある分厚い本なのに。

山田馨による年譜1931~2010のおかげで大変参考になりました。

この本の最後に紹介している”生まれたよ ぼく”を写しておきます。

生まれたよ ぼく

やっとここにやってきた

まだ眼は開いてないけど

まだ耳も聞こえないけど

ぼくは知ってる

ここがどんなにすばらしいとことか

だから邪魔しないでください

ぼくが笑うのを、ぼくが泣くのを

ぼくが誰かを好きになるのを

ぼくが幸せになるのを

いつかぼくが

ここから出て行くときのために

いまからぼくは遺言する

山はいつまでも高くそびえていてほしい

海はいつまでも深くたたえていてほしい

空はいつまでも青く澄んでいてほしい

そして人はここにやってきた日のことを忘れずにいてほしい

2009『子どもたちの遺言』 佼成出版社 77~78才

Photo_3

ゴールデンウィークなんだ

いつもの生活が淡々と始まって、淡々と終わっている。何処かへ行くのといわれても、いつもと同じと答える。あら?CMが耳について、誰かの詩と似てしまう。版画工房がお休みで、娘夫婦は始めての海外旅行。オーストラリアに行っている。息子達からは気配がない。そういうこと。ゴールデンウィークって。犬はテーブルの下で何か獲物が落ちてこないかと、身を潜めていると、落ちてきた鳥のから揚げの骨を拾い、あわてて飲み込み、さぁ、どうなることやら。明日の糞の状態、要チェック。

石ころを銅板に並べて、新しい版づくりを始めてみる。

腐蝕液が汚れてきたのか、なかなか思ったようにはいかない。倍に薄めて、ゆっくり、繰り返し腐蝕してみる。アクアチント効果を上げるため、松脂を3回もくりかえし、播いてみる。風がないのでバーナーの具合はOK。その都度、10分づつ腐蝕液にいれて、ストップウォッチではかりながら。

丁寧にしていくと、丁寧なしあがりになる。

慎重にしてみると、きれいに仕上がる。

やっぱり、手抜きはだめなのね。なんでも順を踏んで、ご機嫌伺いながら、次の動作に取り掛からなくては。

お休みだから郵便屋さんもやってこない。防毒マスクを装置して、汚れてもいいような服を着て、ゴム手袋はめて、そんな格好いきなり見られてはまずいから、車の陰で腐蝕中。

最後のとどめの石片は、やはりきれいな腐蝕液で正しく時間を計って、仕上げたい。

汚れた液をロートで入れ物に移し、器は中和剤を入れた水でよく洗って、外道のマンホールに流す。さっぱりきれいにした器に新しい腐蝕液をいれ、最後の工程に取り掛かる。

こんな具合に出来上がり。ゴールデンウィークが終わったら、工房に行き刷ってみよう。

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