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2010年12月

2010年12月26日 (日)

絵の値段

展覧会に出したり、個展を開いたりするようになって、私の銅版画の作品も時々欲しいと

言ってくれる人がいたりして、いくら?なんて聞かれると、すこし戸惑う。個展では額代と郵

送料含めて、適当な価格を決めたりする。

版画の師匠は作品は商品。そのつもりで作りなさいという。

勿論道楽で老後の楽しみで作っている者には、そんなことは言わないけれど。

展覧会で展示してあった友人の油絵が欲しくて、私の部屋に飾りたい。いいかしらとお願

いすると、快諾してくれ、居間の壁に無事収まった。おいくらですかと聞けなくて、

でもこのままにしていては、年を越せない。

0702

絵画歴50年。勿論本格的に描きだしたのは、退職後。毎年新制作展に出展して今年で

9回目の入選と聞いている。

会員になるまで生活のリズムを刻むように出品し続けるという。そんな高校の同級生の絵

の質感が、銅版画のそれと似ていて、手元に置きたくなったのだ。

美研という名の高校の美術部のOBたちがガリ版刷りで出していた機関誌【もんくれす】が

本棚の整理をしていた時見つかった。

私も美研のメンバーでその機関誌の編集担当者として名が残っていた。

1957年の発行。残念ながら0号しかない。それで終わったのかもしれない。

面白いアンケートをしていて数人の仲間がまじめに答えを書いていた。

その一つ。もし10万円が自由になるとして、その使途?

みんな20前後の若者なのに。現実的な答えが多いのです。

当時の10万円の価値って、どの位だったのか。

大学での初任給が1万円ぐらいだったかな。

Photo_2

○オートバイを買う

○中古ピアノを買います

○本を買う

○旅にでます

○アイスボンボンを10万円買って新宿駅で人を待っている恋人たちに一つづつわけてあげる。

○この雑誌の運営資金にする   etc

ちなみに私は病気になった時の治療費に(なんとけなげなお嬢さんでしょう)だって。

私のお気に入りの絵の主は『どうしても使えというのなら、画材を買います』という答えでした。

そうだ。50年前の夢を実現させていただこう。

10万円を現金書留の封書にいれ、絵の具を買う足しにして下さいとメモを入れて送った。

これでよかったかどうか、わかりません。30号の油絵の値段が本当はどの位なのか見当

が付きませんが、この10倍はするのかもしれない。

でも夢には定価はつかないだろうと勝手に決断をしたクリスマスの夜。

2010年12月14日 (火)

駒井哲郎の銅版画

10年前に生涯学習講座で銅版画入門したとき、ちょうど世田谷美術館で駒井哲郎展が

開催されていて、先生からみんな観にいって来るようにと勧められた。

正直その時、駒井哲郎ってだれ?というぐらい銅版画のパイオニアに対して無知だった。

版画家といえば長谷川潔、浜口陽三と池田満寿夫、山本容子ぐらいしか知らず、

特に池田満寿夫の版画が好きで、銅版画にどんどん興味が沸いてきていた。

いまならそんなこと言ってはいけないし、恐れ多くて言えるわけもないけれど、

駒井哲郎の作品を見たとき、これなら私にも出来そうと思ってしまった。

無造作なシュガーアクアチントの作品とか、ざっくり描かれた静物とか。

長谷川潔や浜口陽三のテクニックは神のような技だと認めてしまい、

近づく事も出来ないと、インプットされて、ただ鑑賞するだけの作家だったが、

駒井作品はすぐそこまで案内されるような親しみがあった。

銀座資生堂ギャラリーで駒井哲郎生誕90周年展で改めてよくみてみると、

10年の精進のおかげで、銅版画の手法がよく読み取れるようになって、

無造作と思っていたものが実に丁寧に作られているのがよく分かって、

恐いもの知らずのわが身の大胆さがおかしかった。

Photo_2 私の本棚に大江健三郎の本が何冊かあり

(若い頃好きな作家だったから)その中の1冊。

【芽むしり仔撃ち】の表紙がなんと装丁駒井哲郎。

昭和35年の出版のものだった。

駒井哲郎40歳ごろの作品と思う。


とすると、私は20代の始めには、彼の作品を

手中に収めていたということになる。

緑色と勢いのある木々の装丁が、

当時芥川賞を受賞してまさにこれからという作家に

ふさわしいものだったのですね。

2010年12月 9日 (木)

クリスマスカード

中学はキリスト教の学校だったから、いつもカードを送る習慣があったなぁ。

日曜礼拝に行けば小さなカードを貰えるのが嬉しかったし、

クリスマスにはお友達とカード交換するのが楽しみだった。

大人になって外国に赴任していった友人達からクリスマスカードが送られてきて、

交換に送ったりしたのも、もうすっかり終わってしまった。

みんな帰国してきて、カードを送る習慣がなくなった。

銅版画がうまく作れるようになってから、カードを作ってみる。

小さな画面にいろいろな思い出を彫り込んだりして。

こんな手作りのカードが、もし届いたらどんなにうれしいことか。

カード作りをしていると、回りでこんなカード欲しいなぁ。という声が聞こえる。

年賀状より何だか夢を運んでくれそうな気がするのかしら。

2010

一枚だけ、アメリカにいる友人に送ってあげよう。年中行事だもの。

2010年12月 6日 (月)

石文って

HAND & SOULというブログhttp://handsoul.exblog.jpそのままの作品展が青山の

TAMBOURIN GALLERYで開催(11/30~12/4)しているので観にいった。

K田さん夫妻のフォークアートのほのぼのとした作品で、海岸で拾った流木や貝殻や石な

どを使って、リースやイスや家具に仕上げている。K田さんは高校の先輩で芸大出のアー

ティスト。地方美大の学長を最後に、リタイヤーしてご夫妻で 鎌倉の山の家で楽しみなが

ら作品を創りだされている。

Hand6soul_3

Hand6soul_5

海岸で拾った石がさりげなく置いてある。気になってじーっとみていると、

石文(いしぶみ)って知ってる?と聞かれた。

”昔は手紙代わりに石を使ったんだよ。石の形に自分の想いを委ねて、感情のこもった形を

選んで石を送る。丸い石なら、想いも丸く穏やか、尖った石だとややあぶない。変な形なら体

調が悪いとか・・・・”

版画のモチーフに石を使っていることや、石集めに苦戦している話をしてみると、石はやはり

海岸に行くといい、沼津の先の海岸ではいい石が見つかるよと。

展示してある石はどうやらそこの海岸でみつけたものなのですね。

石文のことは映画”おくりびと”のなかで主人公のエピソードとしてさりげなく織り込まれている

という。今度もう一度見直してみよう。

Photo

自然現象で石の中に模様が絞り込まれていたり、

縞模様が美しい。

さりげなくLOVE EARTHとか刻印してある。

そんなに石が気になるなら、好きな石一つ上げるよ

と言われて、躊躇していたら、 丸くて、形のいい石

を、選んで、”これがいい”と下さった。

実はその石がいいなぁ、と目をつけていたものだった。なんと、想いが通じてしまったみたい(笑)。

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