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2015年4月25日 (土)

春陽会用の作品3点を作る

秋になって横浜美術館の市民アトリエでまた版画づくりが始まった。こんどは4月搬入の春陽展用の作品。また石ころシリーズをやってみようと、家の舟で版の腐蝕を始めたのがもう寒さも近づいた秋深くなってからだった。中々テンポが付いてこず、とりあえず石ころを並べながら、様子を見た。何回か重ねて腐蝕していると、思いがけない効果が出たりして、それは全く思ったことと違ってきたのだけれど、青のインクの試し用に刷って見て、次の作の下図のつもりだった。

傍で見ていた版画仲間がおもしろいじゃない。いいよ。なんていうものだから、これで終了。額装してこれも出品してみる事にしたのが、これ。Rimg0513_550x550_5                                        chat with stone 6 (450x365)
冬の寒い日の腐蝕はむずかしかった。つい長めに時間を取ってしまうから、どうしてもやや強い仕上がりになってしまう。もう少し柔らかい重なりに持って行くつもりが、どうしても長めに腐蝕すると強い線になってしまう。それならいっそ中抜けするまで浸けてみようと、1時間以上腐蝕した結果が白く抜けて、浮遊感が出た。

石ころにお伺いたてながら味を出す。こんな作業が楽しい。石ころとおしゃべりしている。
その結果がこれ。プルシャンブルーにすこしオーシャンブルーを混色。結果は透明感を保つことが出来た。

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もう1点仕上げなければならない。全面石ころを並べて地紋のような効果を出すつもりが
いかんせん腐蝕が長くて強すぎた。それなら削ればいい。ちょうどこの時期夫の入院で夜の時間が十分あるし、アトリエには行かれない。時間があれば毎日消しゴムで削って、なんとか地紋らしくなってきた。
バックが整ったので、この先どうしようと考えた。若い頃建築事務所で働いていたころ、建築家O氏の製図板の上の様子を思い出した。朝来ると氏の机上はすべての道具は直角に整然と置かれていた。思い出とともにいつの間にか直角に置いてみたのがこれ。
Rimg0510_550x550_3                    Another world   (450x365)

3点できた。春陽会に応募して入選したのは「chat with stone 7」。

審査員の一人に批評をしていただいた。このままでいいと。いくらでもバリエーションが出来るでしょう。色も青でいいでしょうと。

高齢だからこれ以上余計な事は考えずに、お好きにどうぞと言われたような気がしないでもなかった。 いつかもそんなこと言われたような。好きにやれと。

2015年2月14日 (土)

冬の浴室は危険

浴槽から夫を救出してから2週間が経った。あっという間の2週間。もう2月も半分が過ぎてしまった。肺炎を起こしていて、まだ病院に入院中だけれど、なんとか快方に向かっている。
私の記憶が消えないうちに、この事実を書き留めて置く気になった。夫は82才、妻は77才。身長171センチ、体重55キロ 妻151センチ。若い時は156あったのにいつの間にかちじんでしまった。腰痛でリハビリ中。

浴槽での事故は身近にもあり、数年前にはお隣の80歳ぐらいの奥さんが浴室で。
大学の先輩も浴室で最後の姿を発見されたと連絡があったばかり。2つとも発見が2時とか3時。みな手遅れだった。

我が家の浴室は1階にあり、私の部屋とは玄関を挟んでいる。メインの部屋は2階にあり、夫はいつものように2階から降りてきて9時半ごろお風呂に入りに来た音がしていた。普段より音がいつまでもするし、そろそろ出るころだから、次に入ろうと思い浴室に行ってもう出る?と声をかけて浴室を開けると、そこには異様な状況の夫がいる。
風呂のお湯は硫黄泉のように茶褐色化していて寒いからもっと熱くしてとわめいている。

どうしたの!早く出なさいといっても、足に力が入らなくて立ちあがれない。しかもいまはだめ、もっと熱くして!寒いからとわめいている。きっと浴槽に入るなり気分が悪くなって、もどしてしまったらしい。これは大変,水栓を抜いてお湯を減らそうとすると、すごく怒り出すし、もっと熱くしろと大声をあげる。
これは強硬手段にでないと大変なことになるとおもい、私はすぐズボンを脱いで引っ張り出す準備をし、床にすのこを敷き(御影石の床のままだった)、椅子をセットしシャワーを暖かくして夫を引き上げ、なんとか椅子に座らせてシャワーで温め、汚物を洗い流し、大判のバスタオルを戸棚から引っ張りだし、体を包んで、なんとか脱衣室に移動できた。

幸い夫は意識はあったし、自力で下着をつけてとにかくはやく寝室まで行きたい気持があり、手すりにつかまって私のサポートで17段の階段をのぼり、寝室のベッドまで行くことが出来た。部屋に入るなり、暖房つけてといい、パジャマ着せてと要求する。よっぽど寒気がしていたのだろう。なんとかベッドに落ち着かせ、吐いたのだから脱水症状になっているかもしれないと、すぐ水を吸い口代わりに小さな紅茶ポットから飲ませ、嫌がるのを無理して2口ぐらい飲んだろうか。熱を測ったら36.5℃。これなら今夜はここで安静に寝かせようと決心した。

救急車を呼ぶ気になれなかった。最近インフルエンザで救急車を呼んで、30分位道路で待機されて、かなり遠くの病院に連れていかれたという友人の話を聞いたばかりだったし。

私のベッドは3階にあり別寝していたが、すぐ自分の掛布団を夫の隣のベッドに運び、一晩中見張っていた。時々吐き気が起きるとビニール袋を添えてのみ込まないよう体を起こして吐かせた。

無事夜が明けて熱を測ると38,2℃に上がっていた。このまま寝かせておくわけにはいかない。インフルかもしれないしと思い、土曜日開院していた私の通っているクリニックに電話して事情を説明すると、すぐ連れてくるようにと言われる。もちろん徒歩はむり。何とか1階のガレージまで歩いて貰って、車の後ろ席に載せ、5分もかからずクリニックに到着。

すぐ診察してもらうとインフルエンザではなく、レントゲンを撮るとドクターの顔に緊張がみえ、肺炎と診断される。すぐ近くの総合病院へ救急外来で受け付けて貰うよう依頼され、職員さんのサポートで車いすに乗せられて、300メートル先の病院へ急いだのだった。

そこは夫が糖尿病の検査で通っていて主治医もいる病院であった。

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2014年10月16日 (木)

版画展が始まった@東京都美術館

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版画展の初日は台風到来の予報で朝から雨が降り始めていました。雨でも出かけなければと意を決して上野公園を横切り会場に急ぎました。

午後1時から研究会があり、入賞作品の作者やそれぞれの希望者に審査員から作品についての感想が聞けるのです。初めての参加です。審査員の顔ぶれがぐっと若返り、親近感が伝わってきます。銅版画担当は、わが師匠、大矢雅章氏。

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どういうわけか大矢さんの作品はカタログには未掲載です。締め切りを過ぎてしまったのかもしれない。多忙な日々に忙殺されていらしたから。
黒い塊の3部作。存在感たっぷりの作なのに。
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大矢さんの批評は私の思う事と一緒でした。青の段階がもう少しはっきりすればいいとのことでした。版の大きさはこれでいい。額縁の色と形をもう少し軽く、明るくした方がいいとも(使いまわしですからぴったりとはいかないのでした(反省)。4室のいい場所にありました。
版画展の招待券を何枚か知人、友人に配って、葵展のお仲間で大洋展を主催している
O氏からお礼のはがきをいただきました。いままでで一番うれしい評価でした。

《第82回版画展、素晴らしい展覧会をみせていただきました。実は版画展を拝見するのは、はじめてでした。展示作品は、期待通りに抽象画が多くありました。
ところで、Mさんの作品は、一見、抽象のようですが、石をイメージした具象画ですね。
巧みな演出だと感嘆いたしました。”石とおしゃべり”とは粋で、おしゃれなタイトルの繪だと思いました。

18室あった中で、各室の作品のグレードが高く保たれているのは、やはり厳しい審査の結果が出ているように思いました。・・・・・・》(はがきの1部を抜粋しました)

持つべきものは素晴らしい仲間です。葵展(元竹中工務店勤務者の絵画展)に参加していてよかった。次も良い作品を創ろうと思いますもの。

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カタログは師匠からの入選祝プレゼント。うれしいことでした。

うれしいことに、私の作品を見守ってくれる友人がおりました。

メールでこんな感想を送ってくれたので紹介します。

先日上野で作品を鑑賞しました。ブログの写真で見た時より、ずっと大きく感じました。
気迫というのか、年期というのか、手応えが大きかった。
色も私はいいと思いました。この色にいきつくまでの蓄積を感じました。
垂らした白い線も、決まっていたと思います。
どこがどうとは言えないけれど、これまでの作品の中では、やはり頂点に来るのではないですか。・・・・・・・

私が石ころ相手におしゃべりしすぎて、いい加減にしろよと思っていたのかもしれない。
やはり大舞台で観て貰うことができて良かった。
ここで見せられるまでどんなに長い道のりだったか。

 

2014年9月25日 (木)

第82回版画展入選

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                                入選作    chat with stone 4           450x360

第82回版画展にこの作品が入選しました。石ころとおしゃべりシリーズの一つです。
2つの作品を搬入しました。3点搬入を推奨されるけれど、最後の作品を置いていきました。
どちらかが入ればいいのだから、迷いませんでした。

横浜美術館の市民アトリエに通って制作したのですが、新しいニスの粘度が面白い線を描けたのだと思います。
インクの色はシャルボネのプルシャンブルー。結局この色が段階もでるし、深みも出たのです。

版画展に展示されて研究会でどんな感想を聞けるか楽しみでもあります。

入選するという事はそういうチャンスもあるということです。

アクアチントの調子を良く出すためには松脂を均一に溶かすことなのだけれど、横美のアトリエではアルコールランプの炎でするしかないのです。
それが難しかったのです。バックのアクアチントがもう少し均一に出ていれば良かったと、インクを詰めながら思っていました。

石ころが押しくらまんじゅうしながら遊んでいるような感じは出たかもしれない。

版画展は3年前に初出品初入選して今回2回目の入選です。
励みになって本当に良かった。

10月5日~19日 東京都美術館

2014年9月14日 (日)

chat with stone 5

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5作目の石ころシリーズを完成する。

石の形はやや扁平をえらんで、やはり雲の状態をイメージしてみた。
石の重なりは大分なれて、腐蝕の具合いをやや強め。
どう出るかが楽しみでもあり。不安でもある。

下に落ちたような雲の端くれ、バランスとるのが難しい。
波を打ったような曲線をルーレットで描いてみた。
丸い小さな石ころに傘を被せてみた。
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青のインクはコバルトブルーを買ってきて、日本製とフランス製の2色を試してみた。
日本製のコバルトブルーは思ったような伸びがでない。
シャルボネのコバルトブルーは柔らかく伸びるのだけれど、諧調がでない。
この腐蝕時間では色が濃く出てしまって柔らかさがでない。

最初に戻ってオーシャンブルーで刷ってみる。

伸びが良いし、諧調もいい。

黒い感じも試してみる。ペイネブラック。どんな感じになるのだろう。
あんまり魅力的ではなかった。
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横美のアトリエで4種4枚いろいろ変えて刷ってみた。

試す時間は楽しい。一番ぴったりの色がきっと見つかる。

今度は暖色系を試してみよう。当分アトリエの予約が入っていないのでいつになるか
分からないけれど。

2014年9月 4日 (木)

chat with stone 3

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何枚刷ったかな。ここに至るまでに。
はじめてうまく刷れたという感触があった。
始めは紙はハーレミューレ5761を使っていた。ややクリームがかっているので、青との取り合わせが重くなるような気がしていた。青のインクプルシャンブルーとオーシャンブルーを使っていて、少し混色したりしたけれど、いまひとつ不満があった。

紙を同じハーレミューレの白、5745に変えて刷ってみる。
紙の湿しもパットにしばらく浸し、吸い取り紙に吸わせてから、いい湿り気の時に、ぴったり合わせることが出来た。

インクの乗せ方も、今まできれいに出なかった白い四角の部分は丁寧に拭き、白さを浮き出させた。オーシャンブルーのみを使用して。

プレスして紙をめくった時、はじめてうまく出来たという感触があった。
こんな気持は、この版では初めての経験。何度も刷って7枚目の仕上がりだった。
紙の色を白くしたのも良かったのかもしれない。

横浜美術館の市民のアトリエの版画工房。夏休みが終わって2回目の作業日。
朝10時から午後4時半まで使用できる日。
版画展の搬入日が近づいているので、アトリエ内はみんな黙々と仕上げに掛かっている。
プリンターの順番待ちが出たりして。

2014年8月21日 (木)

額の色直し

秋の公募展が近づいてきて、作品を額装しなければ。額は以前使ったF8に入れてみる。
少し小さめだけれど、マットを入れ替えればそのまま使えそう。

マットはいつもバスに乗って蒲田のユザワヤで切ってもらっていたのだけれど、毎日暑くて
出かけていく気がおきないのだ。涼しくなるのを待っていれば、時間切れになりそうだし。

そういえばこの額を買ったのは通販でマルニ額縁だった。このショップでマットも扱っているはず。マットの大きさとか色とか窓の開け方とかこまかい決め事はいろいろあるが、
最近はその辺の知識を学習していたので、思いきってここで注文してみたのだった。

問題はマットの色。見本の色はウェブに載っているけれど、これだけは参考にならない。
とりあえず決めて注文した。

2日後に指定どうり届いた。マットの色も予想と同じで不満はなかった。

こうしてネットショッピングで確かめながら、なるべく信用できるショップを確保して
無駄な労力を避けるようにして行こうと思う。今度からはバスに乗って注文しに行かなくて済むようになった。

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2014年8月16日 (土)

69年前の8月15日

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その時私は国民学校2年生でした。あれから69年経ったのですね。新聞では熱く当時の事が記事になっています。暑い夏でしたから。
まだ7才でしたから本当に周囲の動きを批判的に見ることはありませんでした。ただ食料がなく、母親は慌ただしく疎開地と東京の家を3歳の妹を背中におぶって行き来して荷物運びをしていたし、山梨県大月の飛行機会社の社宅に疎開の地を決めた父親と2歳下の妹をかばいながら家事に追われていたのを覚えています。二人の兄たちは学童疎開で長野の飯田に行っていました。

69年後の8月13日、何気にラジオを聞いていたら聞き慣れた町のニュースが流れてきました。

8月13日は山梨県大月町がB29の爆撃を受け機銃掃射が集中して、当時の女学校の学生たちが沢山死んだというニュースでした。さすがに当時の事はあまり記憶になかったけれど、私たちが住んでいた飛行機会社の社宅は崖の上に何軒か建っていて、その崖の下にはいくつも防空壕が掘られていて、その日防空壕が機銃掃射を受け、担任の先生の弟がやられたという話をおぼろげに思い出しました。その2日後が終戦のラジオ放送だったのでした。

大月には興亜航空という飛行機会社があって父はそこの会社の飛行機の設計にかかわっていたのでした。そのほかにも、軍而工場が何箇所かあって狙われたのでした。

ネットで当時の事を検索して見るとまさに終戦2日前の事実がわかりました。

60名近くの学生たちが爆撃に遭い命を落としたという女学校の同窓会で追悼法要が行われたというニュースでした。

社宅の近くから山を下りていくと桂川という清流が流れていて、終戦後には兄たちと魚を捕りに行ったり鰻をしかけたりしたこともありました。爆撃のあった日には桂川から大きな岩が町の中心部にまで飛んできて、今でも記念碑として残されているそうです。

69年前の子供の頃の地方の生活の思い出が、戦争の傷跡で被われてしまったのでした。

両親や兄たちには大月の思い出はつらいものばかりだったと思います。2度と行きたくない場所だったのかもしれません。終戦後2年生の学期を終わらせて焼け残った東京の家に家族全員戻りました。その後数年間、食糧難と物資困窮だった生活が続きました。
知恵もついてきて、その後数年間のつらい生活の方が痛い記憶として残っています。

ただ、私にとってはとってもいい思い出もありました。豊富な自然、裏富士の美しさ、川遊びの楽しさ、山の道に咲いていた雑草や花々の姿。
7才という子供だったからでしょう。さらに小さかった二人の妹たちとは、この地の経験を語ったことはありません。妹たちの記憶の中にはこの終戦の日の風景は残っていないのですから。

現在私と付き合いのある友人たちは殆どが年下で疎開といっても実感の沸かない人ばかりだし。
不思議なことに学生時代も終戦時の話題は殆どしたことがなかったのです。個人差があるし、空襲に縁のなかった地方もあるし、食糧事情があまり悪くなかった地域もあったようだから。頭を下げて農家に買い出しに行った経験を誰もがしたわけではなかったようです。

2014年7月25日 (金)

上等の材料ばかり

銅版画を制作するようになって15年目に入っている。
主として多摩美の生涯学習講座に入門して、修練してきたけれど、時には東京芸大の夏の集中講座にいったり、横浜美術館の単発の講座を受けたりしてきた。
ここに及んでさまざまな工房へ出入りするようになると、今まで通ってきた多摩美の講座が、材料(銅板、インク、溶剤、ニス、ウェス、紙、裏張り用シート等)がかなり贅沢に支給されて(選択されて)いたのに気づく。他流試合にいかなければ、これが正解だと思ってしまうところだった。

横美のアトリエでは、ある受講生に紙は何使っているのと聞かれ、主としてハーネミューレ(ドイツ製)。と答えると、お金持ちね。私はいずみ(日本製)試刷りは画用紙使うの。と言われてしまった。ドイツ製は約3割増しかな。
色合いとか刷り上がりの良さを比べると、いいほうがいい。その代り試刷りは失敗した裏紙を使ったりもしている。他の工房では裏紙は禁止だとか。画用紙は使ったことがない。

インクも今はシャルボネ製(フランス)を使っている。青のインクの発色がいいし、色幅が豊富だから。日本製に比べればたとえばコバルトブルー(文房堂製\1150 シャルボネ\2350)(プルシャンブルー\2500)(オーシャンブルー\3700)@50-60mgのチューブ。

銅板の厚さは1mmを使っていたが、0.8mmしか使えないという。高いもの。

汚れを処理するウェスにしても多摩美では10センチ角のメリヤスやプリントものではなかった。真っ白のおむつウェスという種類。これで慣れてしまって小さなものでは落ち着かない。何とかネット検索してオムツウェスを探したり、

またお金持ちねぇと言われるのだ。

いまさらとやかく言われても微ともしないのだけれど、まぁ何ともかまびすしいのだ。
多摩美の教授が一番いい材料を学生には提供するというお考えで教育されているそうなので、すっかりその水に浸かった後は、独立したとき、その良さと厳しさを実感する。

結果がでればそれが何より。

腐った中国肉入りの添加物まみれのハンバーグより、いい肉の入った国産のハンバーグの方が美味しい。3倍はするけれど。
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2014年7月23日 (水)

青い石ころ chat with stone 3 & 4

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7月は2回しか予約が出来なかった、横浜美術館のアトリエ。22日が最後だったけれど、ねばって26日のキャンセル待ちを待った。キャンセルが出たと連絡があったのは、最後かと思って荷物をまとめて帰宅して数分後。よかった。まだ結果に未練があったから。

やむなく新しい版画工房を見つけて3回通って、版を刷ってみたのだけれど、なかなか思うように刷れなかった。色がしっとりでないのだ。
小さな工房でひとりで独占状態で作業できるのはいいのだけれど、使い勝手に中々慣れない。
今までのやり方、インクも持参して同じ、腐蝕は自宅の舟でして、まぁまぁの出来。
それなのに・・・・・。

横美のアトリエの最後の日。慎重にインクを入れて、刷ってみた。
上手く色が出た。しっとりとプルシャンブルーがいい感じ。
使いこなされたプリンターがいい結果を出したのだと思う。

これで2点は完成としよう。あと1点。
石ころシリーズは続く。

 

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